未知なる世界への憧れと挑戦

広島県立歴史博物館で平成26年6月8日まで「守屋壽コレクション」企画展が行われています。

http://www.manabi.pref.hiroshima.lg.jp/rekishih/cover.html
画像


場所は少し遠いのですが広島県福山駅前です。

一個人がこれだけの地図をコレクションしていたとは驚きです。もちろん全国初公開。幕末の探検家で北海道の名付け親松浦武四郎の作成した蝦夷全図もありました。松浦武四郎は宮本常一の書籍にも紹介されていて私の好きな人物の一人です。松浦武四郎は晩年、全国の社寺の廃材を集めて「草の舎」という一畳敷きの書斎を建てその空間を好んでいたようです。この書斎は現在ICU敷地内に移築保存され学園祭の時期に一般公開されます。

展示構成
第1章 大航海時代と世界地図に登場した「日本」 
1543年の鉄砲伝来以前の伝説の国ジパングから、日本の形が確定する1800年代まで、約300年の世界地図に描かれた日本の変遷をたどります。
主な展示資料
ラングレン 「東アジア図」(1596)
ヨーロッパで刊行された,「鞆」や「蒲刈」などが掲載された初めての地図
オルテリウス「世界図」(1570)
オルテリウスによる世界初の世界地図帳「世界の舞台」に掲載された世界地図

第2章 西洋世界に紹介された日本の姿
シーボルトやペリーなど日本に来た西洋人たちが残した記録や、日本を西洋に紹介した書物・絵画などを紹介します。
主な展示資料
ハイネ「ペリー肖像」(1856)
『ペリー艦隊日本遠征記』より。遠征に同行したハイネによる石板画
「長崎港と港の眺望」
シーボルトの『日本」に収められた挿図で,出島と長崎港の鳥瞰図

第3章 近世日本の世界図と、世界の情報 
江戸時代日本人が想像した大地の形を、仏教の世界観と西洋の知識を得て描かれた世界地図の変遷でたどります。
司馬江漢「地球図」(寛政4年(1792))
蘭学者・洋風画家の司馬江漢による国内初の銅板による世界地図
円通「須弥山銘並序」(文化10年(1813))(部分)
仏教の世界観・大地像を描いたもので,中心に須弥山(しゅみせん)が描かれています。

第4章 日本地図の発展と探求 
江戸時代に入ると、日本人が描く日本地図に、飛躍的な進歩が見られました。伊能忠敬の業績のほかにも、幕府や民間の学者や絵師が描いた日本の地図の変遷を紹介します。
「行基図屏風」(江戸時代初期)
行基図は,江戸時代中期まで日本で一般的に使われていた地図で,楕円の形をした諸国を積み重ねるようにして日本列島を表現しています。
石川流宣「日本海山潮陸図」(元禄4年(1691))
江戸時代中期の代表的な日本地図。「絵図」としての美しさと実用性を兼備して人気を博し,出版から約1世紀にわたり刊行日本図の主流となりました。

第5章 船と港と国際交流
船によって、国内外との人・モノ・情報はつながっていました。そひて、賑わう港町は文化の発信地であったと言えます。ここでは、港の鳥瞰図のほか海図や航路図、日本に立ち寄った外国船の絵画資料を紹介します。
玉蘭斎貞秀「万象写真図譜」(文久4年(1864))(鞆の浦)
旅をしながら鳥瞰図を多く残した橋本玉蘭斎貞秀が描いた鞆の浦の風景。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック