深夜特急(ギリシャ)

沢木耕太郎さんの深夜特急を夢中になって読んだ。

香港、マカオ、インドから基本バスでロンドンまで行く旅だ。

私が興味を示したのはギリシャの旅。2009年スパルタスロンに出場してからもうすぐ4年が経つ。深夜特急を読んで当時のことが思い出されてきた。

沢木さんが旅したのが70年代だから、まだスパルタスロンは開催されていない。沢木さんにスパルタスロンのアスリートを是非見てほしいな~

私の2009年スパルタスロンhttp://tetsu-run.at.webry.info/200910/article_1.html

スパルタスロンのコース図

http://www.spartathlon.gr/race-map.html

私はペロポネソス半島に眼を移した。ペロポネソス半島はアテネの西にある巨大な島のような半島で、コリントスの辺りで辛うじて大陸とつながっている。小型の九州のような地形をしたそのペロポネソス半島の中で私が知っている地名は僅かに三つしかなかった。オリンピア、スパルタ、ミケーネの三つだ。

しかし、私はペロポネソス半島に関してひとつだけ知っていることがあった。それはペロポネソス半島がギリシャの田舎と呼ばれているということである。ギリシャという国がヨーロッパの田舎なら、ペロポネソス半島はそのギリシャの田舎だという。

私がこの旅でぼんやりとではあったがギリシャまでのルートを考えていたのは、ギリシャの田舎たるそのペロポネソス半島に行ってみたいという思いがなくはなかったからだった。なくはなかった。そう、一方ではそこへは行かない方がいいのではないかという思いもあったからだ……。

一時間ほど考えて、ペロポネソス半島に向かうことにした。出発するなら早い方がいい。

その足でシンタグマ広場のツーリスト・インフォメーションに廻った。ペロポネソス半島を走るバスのタイム・テーブルが欲しかったからだ。貰ったタイム・テーブルには、目的地別にアテネからの距離と所要時間と料金、それに発車時刻が書き込まれていた。

 たとえば、ミケーネに関しては、次のように記されている。
≪アテネ=ミケーネ 130k 2h 85Dr 700 8301000 1130 100 230 400 530 700 830≫
私はホテルで荷物をピックアップする時間に余裕を持たせ、二時半のバスに乗ることにした。

午後二時半、タイム・テーブル通りに出発したバスは、しばらくアテネの市街地を走っているが、やがて海沿いの
道を走るようになる。アクロポリスの丘から周囲を眺めると、東には真正面にリカビトスの丘とアテネ市内の密集した家屋とが見え、西には近いとも遠いとも言いかねる距離にエーゲ海に続くサロニコス湾が見える。

私がアクロポリスの丘に登ったのは日中だったが、その海には日没間際の景観にきっと素晴らしいものあるだろうなと思わせるものがあった。いま、そのサロニコス湾の沿岸の道を走っていると、傾きはじめた太陽の光が海面に反射しているのが見える。黄金色というほどではないが、微かに赤みを帯びた黄色の光が鈍く海面を覆っている。

しかし、私たちが乗ったバスは、その光が燦然とした輝きを放つ前に、海沿いの道と別れを告げた。山あいに入った道はしだいに両側をオリーブ畑に囲まれるようにようになる。人の背よりいくらか高いと思われる樹木に、薄い緑色をした葉が茂り、よく見るとその葉と同じ色のオリーブの実が生っている。

ペロポネソス半島の付け根ともいうべきコリントスを通過すると、もうほとんど町らしい町はなく、村といえる村もなくなる。しかし、途中にポツンポツンとある集落には、たとえそれがどれほど小さな集落であろうと、教会の丸屋根と十字架だけは高く聳えていた。

ミケーネには四時半に到着した。
私はしだいに暗くなっていく中、遺跡の最も高いところへと歩を運んだ。そして、そこから下界を眺めた瞬間、あまりの美しさにほとんど息を呑む思いだった。陽が完全に沈んだアルゴスの平野は無彩色の世界に近づきつつあった。すべてが薄い墨色に変わりはじめ、ところどころに湖と見まごう靄がたちこめている……。

ミケーネの次はスパルタに行くことにしていた。古代ギリシャの時代には、アテネと覇を競うほど強大だったスパルタも、現在では首都アテネとは比較にならないほど小さな田舎町のひとつになっていた。安ホテルを見つけ、荷物を部屋に置くと、さっそくエンシェント・スパルタ、つまり古代ギリシャ時代のスパルタがあったところへ行った。

古のスパルタは現代のスパルタの町のはずれにあった。あった、というのは正確ではない。微かに跡らしきものはあったが、そこには何もなかったのだ。一面オリーブ畑になっており、石垣だったのか建物の礎石だったのか、地中になかば埋もれた石が散見されるだけだ。古代スパルタは徹底的な破壊にあったらしく、往時を思い出させるようなものはまったく残っていなかった。

オリーブ畑の間の道をさらに奥に入っていくと、何かの建物の礎石だったとおぼしき石のひとつに老人が腰を掛けていた。
「ヤース」
覚えたてのギリシャ語でこんにちはと挨拶したが、老人は返事をしてくれない。耳が遠いのかもしれなかった。

いくら歩きまわってもまったく何も残っていない。だが、それは私にはいっそ潔いものと映った。アテネのアクロポリスの丘に立った時よりはるかに強いうねりのある感情が湧き起ってきた。

滅びるものは滅びるに任せておけばいいのだ。滅びのあとに生まれるものがあれば生まれればいい。滅びたものを未練に残しておくことはないのだ。スパルタは死んでいた。しかし、このスパルタの徹底して潔い死には、アテネのアクロポリスのあの壮大な骸のような美しさは打ち勝てないのだ、などと思ったりもした。

オリーブの木にはたくさんの実が生っている。それをひとつもぎ、片手で宙に放り上げながら戻ってくると、老人がさっきとまったく同じ姿勢で石に腰掛けていた。
「グッドバイ」
そう小さく言って横を通り過ぎようとすると、不意に老人がこちらを向いて言った。
「英語を話すのか?」
耳が遠かったわけではないらしい。

彼はやがて、ちょっとした講義口調でスパルタについて話しはじめた。スパルタは三回大きく変わった。だが、あの栄光の都市国家スパルタは何も残そうとしなかった。ここにあるこの石ころの他には。ギリシャの歴史家も言っている。スパルタが滅びた後のスパルタには、かつてあのスパルタが存在していたという痕跡すら残っていないかもしれない、と。実際それが私の気にいっている点でもあるのだよ……。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック